目次
守護霊、背後霊、指導霊。どれも自分のそばにいて、見守ったり導いたりしてくれる存在として語られる言葉です。
ただ、調べはじめると説明がかみ合わないことに気づきます。背後霊を守護霊とほとんど同じ意味で使っているページもあれば、守護霊を含む大きなまとまりとして説明しているページもある。指導霊の位置づけも、資料によって変わります。
ここで中心に見るのは、スピリチュアリズム普及会という団体がまとめている説明です。スピリチュアリズムは19世紀の欧米で広まり、日本にも伝わった霊的な世界観で、証明や反証が済んでいる種類の話ではなく、受け継がれてきた見方です。霊そのものの基本については霊の基礎知識にまとめています。
同会の説明に沿って、よく語られる役割を並べます。
守護霊は生涯を通して見守る存在、背後霊は必要に応じて力を貸す援助者、指導霊はその背後霊の中で場をまとめる役目を持つ霊です。三つは横並びではありません。守護霊と背後霊が別の立場にあり、指導霊は背後霊に含まれる、という入れ子の関係になっています。
ただし、資料や流派によって三者の関係は変わります。辞書を引くと、また違う分け方が出てきます。
スピリチュアリズム普及会は、守護霊を「生涯の個人教師」と説明しています。
一人の人間には、生まれてから今日まで、ずっと同じ一人の守護霊が付き添っている。守護霊はその人の性格や気質、前世の姿、霊的な因縁、今後の人生の歩みから寿命に至るまでを知り尽くしていて、これまでの隠れた行いも知っています。「地上には、これほどまでに完璧な指導のできる教師は存在しません」という言い方がされます。
教師といっても、知識を教える相手ではありません。その人が成長するために何が必要かを知っていて、そのための道を用意する存在です。
同会の説明では、守護霊は指導する教師であると同時に、「神の代理者」としてその人を愛する存在でもあります。その愛は地上の肉親の愛よりも深く、自分のすべてを与え尽くし、見返りを期待しない純粋な愛だとされます。だから「霊的な兄・姉」という言い方になります。
誰が守護霊になるのかにも説明があります。多くの場合、守護霊はその人と魂の成長度が同じ類魂(るいこん)の仲間から選ばれます。類魂とは、霊的な親しさで結ばれた霊界の家族のようなまとまりのことです。同じ家族の一人が、地上に生まれる仲間のために守護霊の役を引き受ける。兄や姉という呼び方は、ここから来ています。
守護霊になることは、引き受けた霊の側にとっても意味があります。地上の誰かに付き添う務めそのものが、その霊にとっては過去に残したカルマを償い、自分の霊性を高めていく機会になるとされています。一方的な奉仕ではなく、双方に関わる関係です。
肉体を持つと霊的な感覚が鈍くなり、いちばん身近な存在に気づけなくなる。そのため多くの人が、孤独を抱えたまま歩いている、と説明されます。
今、孤独のどん底で首をうなだれ膝を抱えている人も、決して一人ではありません。
守護霊という考え方がいちばん伝えようとしているのは、たぶんここです。誰の背後にも必ず一人いて、その人の成長を自分のことのように願っている。それを少しでも実感できたなら、孤独感は消えてしまう。そういう語られ方をします。守られていると感じた体験の例は、霊的存在に守られていると感じる理由と体験で取り上げています。
なお、これは霊的な見方の話です。いま実際に苦しい時間が続いているなら、信頼できる人に話したり、相談できる窓口を頼ったりすることも、同じくらい確かな手がかりになります。
同会の説明では、守護霊の働きかけは場面ごとに形を変えます。
守護霊は、私たちが落ち込んだときには背後から励ましのエネルギーを注ぎ、くじけそうになったときには勇気を与え、悲しいとき・寂しいときには慰めを与えてくれます。
続けて、間違った道を歩もうとしたときや本能の誘惑に負けそうになったときには必死に押しとどめ、疲れて動けなくなったときには力を与えて肉体を癒す、とも書かれています。ここは霊的な働きかけについての説明です。体調がすぐれない状態が続いている場合は、まず医療機関で診てもらうことをおすすめします。
眠っているあいだにも関わりがあります。睡眠中に霊界のいろいろな場所へ連れ出し、さまざまな体験をさせてくれる。そして人がこの世を去るときには真っ先に迎えに来て、新しい人生の手引きをしてくれるといいます。
同会の説明で特徴的なのは、困難の扱いです。人は生まれる前に、この人生で向き合う試練を自分で選んでくるとされ、守護霊はその中身を承知したうえで、成長につながる壁や楽ではない道を人生の中に置くと説明されています。置いたままにするのではなく、越えていけるように見えないところから力を添える。つらいことが起きないようにするのではなく、乗り越えられるように支えるという関係です。
ここで言う試練は、生まれる前の選択という前提に立った話です。いま起きているつらい出来事が本人の選んだ結果だ、と決めつけるものではありませんし、乗り越えられていないことを霊性の問題として語ってもいません。
働きかけには決まりがあって、その人の自由意志を尊重する形でしか行われません。霊界の側から一方的に強制することはできない。シルバーバーチという霊の言葉として、こう伝えられています。
威圧したり強制したりして仕事を進めるやり方は、私たちは取りません。神から授かった理性の光で導き、一歩一歩をみずからの意志で踏み出すように仕向けます。
だから守護霊は、人が苦しんでいるのを見ていても手を出せない場面に何度も出会うことになります。
私も、人間が苦しむのを見て涙を流したことが何度かあります。でも、ここは絶対に手出しをしてはならない、と自分に言い聞かせました。それが摂理だからです。そのときの辛さは、苦しんでいる本人よりも辛いものです。
助けてくれなかった、と感じる出来事があったとしても、この考え方では「見捨てられた」ことにはなりません。手を出さずに見ている側にも、別の苦しさがあるとされます。
背後霊は、守護霊とは別に働く存在です。同会はこう説明しています。
地上人の仕事や使命などを縁として、複数の霊界の援助者が背後から地上人を導くことがあります。これを「背後霊」と言います。
守護霊との違いは3つあります。人数が決まっていないこと、役目を終えて入れ替わることがあること、そしていない人もいることです。
背後霊に意識を向け、感謝の思いを届けるようになると、援助を受けやすくなるとも書かれています。人数については、その人の霊性や心境の高さ、使命に対する情熱、奉仕性、仕事の内容や役割に応じて変わるとされます。高い霊性を持ち、大きな使命を担っている人には、何百、何千という霊が応援することもある。一方で、背後霊がまったくいない人もいる、とはっきり記されています。
何人いるかを地上から数える方法はありません。同会が言っているのは縁のつながり方のほうで、人の格付けでもなければ、いま自分がうまくいっていない理由を逆算する材料でもありません。守護霊のほうは、誰にでも必ず一人いて生涯離れないとされています。
霊界の存在が、なぜ特定の人の背後霊になるのか。同会は大きく3つの場合に分けています。
① 地上にいたころの仕事が縁になる
生前に同じ職業に就いていた霊が、その道を歩む人の背後霊になります。芸術家、音楽家、医者。霊界で能力をさらに伸ばし、それを人のために役立てたいと願って、かつての自分と同じ仕事をしている人を助ける道を選びます。
受け取る側には、それがインスピレーションとして届きます。新しい発想が降りてきた、答えが急に見えた。そういう瞬間の背後に、やり残した仕事を完成させようとしている霊がいる、という見方です。
② 自分のカルマを清算するため
生前に過ちを犯した霊が、子孫や血縁者の背後霊になることがあります。その人を正しい方向へ導く努力を通して、自分の償いをする。このうち、生前に人を虐待して大きなカルマをつくった霊が、その相手の背後霊になる場合については、役目が非常に過酷で厳しいものになると書かれています。すでに高い段階にある霊が、自分の欠点を補うために、あえて導くのが難しい人の背後霊になることもあります。
③ 人類全体への働きかけの一員として
高い段階まで進んだ霊が、霊界の上層から特別な使命を与えられて、人類を助けるために地上の近くまで降りてくる場合です。自分のための償いという意味合いはなく、人類への愛の実践が目的とされています。
同会の説明では、指導霊は交霊会などで、場と通信の全体を統括する責任を持つ霊を指します。シルバーバーチやインペレーターがその例です。そしてこの指導霊も、背後霊に含まれます。
交霊会というのは、霊界からの通信を受け取るために人が集まる場のことです。霊媒を中心に多くの霊が関わるため、全体をまとめる役目が要る、という位置づけになります。
指導霊の役割は、ひとつの交霊会にとどまりません。同会はスピリチュアリズムという運動そのものを、無数の背後霊の協力と指導のもとで進められている大きな計画だと見ています。その計画を率いる立場の霊も指導霊と呼ばれます。さきほどの3つの理由でいえば、③にあたる霊です。
優れた交霊会では、一人の指導霊(高級霊)とその配下で働く数十人の霊たちによって「背後霊団」が形成されるのが普通だ、と書かれています。高級霊というのは、霊的な成長が進んだ段階にある霊のことです。指導霊はその高級霊とされ、下に数十人の霊がつく。
指導霊を引き受けた霊は、それまでに身につけた霊的資質の多くを犠牲にして、地上に近い世界まで降りてきます。シルバーバーチは、この役目についてこう述べています。
それは、危険と犠牲を強いられる仕事ですが、それを敢えて引き受けることができるということは、その霊の進化の水準の高さの証明でもあるのです。
つまり「背後霊に含まれる」は分類の話であって、霊格の上下の話ではありません。どのグループに入るかと、どちらが高い段階にいるかは、別のものさしです。
なお、スピリチュアルな解説の中には、指導霊を仕事や恋愛など分野ごとの導き手として紹介しているものもあります。ここで見た2つの資料には、この分け方は出てきません。
日本でよく聞くのが「守護霊は先祖である」という説明です。ここは、立場によって言うことがはっきり分かれます。
デジタル大辞泉によれば、守護霊という語は心霊研究家浅野和三郎(1874~1937)が英語「guardian spirit」の訳語として提唱した語とされています。辞書の説明に従えば、この言葉が日本語として使われはじめたのは、そう古いことではありません。
スピリチュアリズム普及会は、その浅野の見解に名前を挙げて反論しています。
浅野和三郎に代表される従来の日本の心霊研究家は、守護霊は3百~7百年前の先祖で、霊界で徳を積んだ人物の中から選ばれる、と言ってきました。
そのうえで、シルバーバーチの霊言を根拠に、守護霊が血縁者から選ばれることはめったにないとしています。浅野がそう説いたのは、日本古来の祖霊観をそのままもとにしていたためだ、というのが同会の見方です。
守護霊については、2つの場合に分けて説明されています。一般的なケースでは類魂の仲間から選ばれ、霊性のレベルはその人と同じになります。一方、霊的な成長が未熟なまま地上に生まれるケースでは、その人の霊性に見合った霊が守護霊になり、血縁者や先祖、まったく面識のない他人が守護霊になるとされます。そのうえで「血縁者が守護霊になるというケースは、むしろ稀なことなのです」と書かれています。
これは守護霊の側がどう決まるかという説明で、守護霊の種類から自分の霊性を逆算する話ではありません。
背後霊についても、血縁者がなる場合の条件が示されています。その霊に地上的なカルマが残っているか、あるいはその霊自身がまだ未熟な段階にとどまっているか、そのどちらかだという説明です。
つまり同会の主張は「先祖ではない」ではなく、先祖であることは多くないが、なる場合には理由があるという形になっています。
同会は、血縁関係を過剰に重視する東アジアの儒教圏では守護霊や背後霊をしばしば先祖の霊と錯覚している、としています。そして祖霊崇拝・先祖供養という習慣そのものを「間違った習慣」と記しています。これは普及会の立場で、日本の祖先崇拝や仏教の供養には、それぞれの由来と積み重ねがあります。
ここまでは普及会の説明を中心に見てきました。辞書を引くと、別の書き方が出てきます。
デジタル大辞泉は、守護霊を「心霊主義的な考えに基づいて、人に付き添い、その人を見守っているとされる霊」とし、背後霊を「心霊主義的な考えに基づいて、人についてまわり、その人の行動を監視したり運気に影響を与えたりするとされる霊」としています。
「監視」という言葉に身構えた方もいるかもしれません。けれど、これは背後霊が怖い存在だという意味ではありません。辞書は、その言葉が世の中でどう使われてきたかを記述します。背後霊という語が、そういう文脈でも使われてきた、ということです。普及会は同じ背後霊を「霊界の援助者」と呼んでいます。
面白いのは、辞書と普及会が同じ語を別の物差しで分けていることです。辞書は働き(見守る/監視する)で守護霊と背後霊を分け、指導霊は項目に立てていません。普及会は関係の形(ひとり・生涯/複数・交代あり)で守護霊と背後霊を分け、指導霊を背後霊の中に置いています。物差しが違えば、三者の並び方も変わります。
指導霊については、事情がもう一段違います。コトバンクで「指導霊」を引いても、項目そのものがありません。守護霊には4つの辞典(デジタル大辞泉・改訂新版 世界大百科事典・百科事典マイペディア・ブリタニカ国際大百科事典)が項目を立てていて、背後霊にはデジタル大辞泉があります。大辞泉の補足も「背後霊・地縛霊なども守護霊に伴って作られた語」と書いていて、指導霊を挙げていません。
共通の土台になる定義が置かれていないぶん、使う人によって説明が変わりやすいのだと考えられます。違う説明に出会ったときは、それがどの立場から書かれたものかを見ると、たいていは整理がつきます。
同会は、守護霊との関係を深めることを勧めています。働きかけが届くかどうかは受け取る側の状態に左右され、関係が深まればパイプが太くなる、という考え方です。そのうえで「真のスピリチュアリストとして」地上の側から霊界に近づく努力目標を挙げています。信奉者に向けた項目です。
4つ目には補足があります。尋ねた答えは睡眠中に教えられ、日中にインスピレーションとして思い出すようになる、あるいは何らかの方法で気づかされる、という説明です。そして同会は、これらの項目より「何よりも大切なこと」として、日々霊的真理にそって生き、その普及に自分を役立てることを挙げています。
この教えでは、守護霊は人の自由意志を尊重するとされています。祈りや感謝は守護霊との関係を深めるために勧められているもので、不幸を避けるための義務として紹介されているわけではありません。うまくいかないことがあっても、祈りが足りなかったと自分を責める必要はありません。何を選ぶかを決めるのは、最後まで自分の側です。
では、自分の守護霊が誰なのかは分かるのでしょうか。
同会の立場では、守護霊は霊界の側から定められるものとされ、地上の人が自分で特定する話にはなっていません。誰にでも一人の守護霊がいて、常に愛し、守り導いてくれているという事実を知るだけで十分だ、という考え方です。身元を知りたがることについては、かなり厳しい書き方をしています。「人々の低俗な好奇心に合わせて軽々しく守護霊の身元を教えるような霊能者がいるとすれば、それはすべて“ニセモノ”と考えて間違いありません」。ここまで言うのは同会の立場で、ほかの団体や個人の活動をまとめて判断する材料にはなりません。
別の立場もあります。一般社団法人日本スピリチュアリスト連盟は、有料講座の案内で「私たちのスピリチュアルな面を導いてくれる霊的存在であるガイドスピリット(指導霊)」という言い方をし、自分のガイドスピリットを知ることを学習内容に掲げています。全5回33,000円(税込)で、受講には正会員であることと基礎クラスの受講が条件とされています。これは同連盟の考え方を示す資料であり、誰もが同じ方法で指導霊を知ることができると保証するものではありません。
知ることができるかどうかという前提の部分から、立場が分かれています。
同会の説明で一貫しているのは、霊的な守りが困難を避けるためのものではなく、経験を通して成長していくことに関わるという点です。つらいことが起きないようにするのではなく、乗り越えられるように陰から支える。
そして、この考え方がくり返し伝えているのは、誰の背後にも必ず一人いて、気づかれないまま生まれてからずっとそばにいる、ということです。うまくいかない時期が続いても、それは離れていったということではない、という語られ方をします。
守護霊について知ることは、これから何を選ぶかを、そうした導きとの関係から考えてみる入り口になります。